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夢見る、Aliceの… 



文章中でこれコアすぎてネタわかんないかもなー、って思ったものには、
オンマウスで説明がでるようになってます。
リンク扱いになってますが、クリックしてもどこにもとびませんあしからず。

なにはともあれ。

さぁさ皆様ご一緒に。
Down the Rabbit-Hole!
物語の、はじまり、はじまり。








 ピアノの音色が、空気にはねる。
 木々で作られた家の壁に、ふかふかのカーペットや、大きな、大きな、ぬいぐるみ。
 静かに、ゆらゆら。炎を揺らせる暖炉に。
 意識すれば、かち、かち。聞こえる、小さな、柱時計のリズムも一緒に。
 心地よく、部屋を満たして、心に、沁みこんで行く。
 そんな風に思えるくらい――優しくて、穏やかな音色。
 それは、例え、人間じゃ、なくても。
 人工的に作られた命――ホムンクルスであっても。

ララバイ。

 ダンサーが踊り、バードが奏でる――子守唄。
 ここにダンサーはいない。勿論、ジプシーも。
 そうして、バードも。当然、クラウンも。
 だからこれは、ママが奏でるピアノソロ。部屋の暖炉の揺れる火が、時折パチリとはぜる音を、織り交ぜて。

 けれど、どうして?

 ピアノで奏でられるその曲に耳を傾けながら、
 脳裏にはどうしても疑問符が浮かぶ。
 そのララバイは、優しいのだけれど。
 そのララバイは、それ以上に、悲しみがあふれていて。
 なんだか、聴いているだけで、悲しくなって。
 涙が、零れてしまいそうで。
 そうして、ピアノの傍らで見上げていたら。
 ママが、慌てて抱きしめてくれたけれど。
 ぎゅっと、抱きしめてもらえて。
 暖かかったのに。

 胸が痛くて、痛くて、しかたがなかった。

 わたしは、抱きしめてもらって、嬉しいから。

 それは、きっと。

 ママの、心で。

 だから、嬉しくて、嬉しくて――そうしてどうしようもなく、悲しかった。





 そうして、いつまで撫でていただろう。
 腕の中の小さなぬくもりが眠りにつくのを確認して、そっとマナへと戻してあげる。
 安息。
 ふわ、と光がホムの体から溢れて、静かに消えていく。
 ゆっくり。
 ゆっくりと。
 勿論――安息スキルを使えば、ホムンクルスの意識は強制的に奪われて、自動的に眠りにつく。
 けれど、そんなのは、悲しいから。
 ふわ、と。
 そうして、最後の光と共に。
 腕の中にあった重みと、人と変わらないぬくもりが、ふわりと消える。
 その幻想的で、けれどお別れみたいな消失に、どうしようもなく怖くなる。

 呼べば――

 コールをすれば、すぐに出てきてくれる、と。そうわかっているのに。
 それでも、コールをすれば、強制的に起こしてしまうから。
 それは駄目。
 眠いときには、眠らせてあげたいから。
 ホムンクルスでも。
 それでも確かに――あたしが産んだ命だから。

それでも確かに。

 心がに空いた空洞が、寂しさを――訴えた。

 駄目ね。
 ため息が漏れる。
 あの子の――ううん、誰かの前では極力見せないようにしているけれど、それでも。
 独りになったら、すぐにこう。
 本当に、駄目。
 本当に、弱くなっちゃった。

 指先が自然、鍵盤に伸びる。ため息と共に、ぽろん、とひとつ音を鳴らしてから。
 ああ、駄目。もう夜も遅いのに。
 時計を見れば、11時を過ぎていて。
 周囲に家がないからいいものの――そうでなければ、苦情のひとつも言われそう。
 零れかけたため息を、どうにか飲み込んで。
 ふと、寒さに体が、小さく震えた。
 気がつけば。
 窓の外、丘の上から見下ろす形になる首都では、民家の明かりも、随分少なく。
 まるで、その。
 僅かな、光を、覆い隠そうとするように。
 暗闇の中、ふわふわと雪が舞っていて。
 どうりで、寒い。
 ピアノの蓋を閉めて、立ち上がろうとして。

そうして、ノックの音が響いた。荒々しい、慌てた様子で。

 こんな天気の、こんな時間に。

  こんな酷い気分のときに。







 目が、覚めた。
 開いたまぶたは、けれど、すぐに落ちる。
 誰かの声。誰だ。
 視界は一面、どこか見覚えのある天井。
 視界の外から、ひょい、と。長い髪の人影が現れて、僕の顔を覗き込む。
 長い髪の、毛先が僕の頬を撫で、思わず顔をしかめて。
 重い瞼。続かない思考。
 開いた瞼の向こう側は、ぼやけた視界で見えにくい。
 
「起きた?」

 優しい声。
 視界はまだぼやけたまま、瞼は重いまま。
 瞼が再び落ちるのを止める気力がない。
 それでも。
 唇は自ずと開いて、彼女の名前を呟いていた。正確に言うならば、彼女の愛称を。
 無意識に。
 アルケミスト――いや、もう今はクリエイターか。
 長い髪の、彼女のことを。
 さびしがり屋の、彼女のことを。

「あら、残念」

 声。誰だ。予想していた声と違う声。
 それを認識した途端、こめかみが悲鳴を上げる。
 思わず、手でこめかみを押さえてしまう程度に。
 声を上げるほどではないけれど。
 記憶が、思考がうまく動かない。

「軽口もいえないようじゃ、重症ね。軽口だけが取り得なのに」

 笑う声。
 ああ、そう。
 この声は、あいつだ。カフェオレ色の肌をして、金色の髪と、緑の瞳の占い師。
 上半身を起こす。サボるウサギよりゆっくりと。
 自分と誰か。二人分の体を持ち上げているような、そんな錯覚さえ覚えながら。
 頭痛は酷く、頭は回らない。
 這い方と悶え方から叩き込んでやりたいくらい。
 舌が乾いている。喉も。
 今ならば、涙のプールにおっこちたって飲み干せそうだ。
 それでも、自然と唇は動き出す。
 それが僕という、キャラクター。

「なんだ、君も。看病のときは優しい声を出すんだね」
「あら心外。いつか貴方を慰めて、世話をして、抱いてあげたのは誰だったかしら」

 僕の喉から搾り出したのは掠れた声。答えた声は瑞々しくて、歌うよう。
 そうして、彼女は、微笑んだ。妖艶な笑み。
 その声がまるで子守唄のように、意識を眠りに堕とそうとする。
 片膝を立てて、額を預け、支えにする。そうでもしないと、上半身を、支えきることが出来なかったから。
 僅かな唾を飲み込んで、どうにか喉を潤してから、反論のために、口を開く。
 
 そうだったね、なんて。零れたのは、我ながららしくもない言葉。

 ほとんどシーツで埋もれた視界のその端で、彼女は再び、いやらしく笑う。

「今の貴方じゃClown失格ね。Crown様、ご機嫌麗しゅう、欲しいものはありますか?」

 王のお言葉、拝聴せしめしその時は、望むすべてを捧げましょう。
 等と。おどけて言うジプシーに、ため息を返して。
 肺から零れたため息が、吐き気を一緒に連れてきた。
 そうしてようやく、合点する。
 あぁ、二日酔いだ。
 ようやく、ようやく。
 自分の体の異常の理由を理解した。
 どうやら僕の脳髄は、他人の資産を匹で算数する所から復習しなくてもよさそうだ。ああもう何がなにやら。
 寝ぼけたような意識はなんだか、三月うさぎのように意味不明。脊髄と口に任せよう。

「で――ここはどこだわたしはだれだ?ほうほうの体でたどり着いたのは魔女の家なんて、僕は御免だよ」

 ほら、長年使ってきた脊髄と口の黄金コンビは脳髄よりは真っ当だ。そうであれ。
 そんな僕を、ジプシーは。なんだか随分、楽しげな顔で眺めてる。

――見られるのは、苦手なので。

 僕は上半身をベットに倒して、目を閉じる。
 柔らかな枕が僕の頭をを受け止めて、包んでくれた。
 ついでに手の甲――というより腕で、顔も隠しておく。ジプシーが、近づいてきた気配がしたから。猫みたいに。それこそチェシャーの。

ここはどこだここはそこだ、彼女に聞かせてあげたいわ。全体どういう反応をしてくれるのか、考えるだけで楽しめるもの」
「チェシャ猫みたいに笑うな。…ほんと、僕は常々、僕より君のがClown向きだとそう思うよ、で、彼女?」
ジャバウォックの詩、貴方以外にはこんな風に話さないわよ。私はしがない旅のジプシー。自由と奔放を愛するね。そう、彼女」

 無意味な会話が気力を削いで、吐き気を促し、眠気を飛ばす。
 それでもまぁ、見知らぬ家で惰眠をむさぼる趣味はないし、誰かがいてくれたほうが――起きるには、都合がいい。
 体を起こして、ベッドに座る。
 そんな段階を付けて立ち上がろうとして――ぼすん、と。
 尻餅をついて、惨めに再び、ベットに座る。

「ほら、まだ無理しないの。水は?」
「――いる」
「はいはい、じゃ、ちょっと待ってて」

 そう言って、彼女は軽やかに部屋の扉へと向かう。
 昨日は彼女のほうが飲んでいたような。うわばみめ。
 ともかくそれでも、痛むこめかみを押さえながら、瞼を閉じる。
 こんなに酷く酔ったのは、久々だった。記憶のほうも曖昧で、ここがどこで、そもそもなんでここにきたのかも、わからない。
 もう何度目なんだか。それでもため息も漏れるというもので。
 漏れたため息は熱く、酒臭さが残る嫌なソレ。

「あ――」
「あら、ちょーどいい。あいつ、起きたから。水もらうよー」

 はい、と。返す声に、思わず震えた。文字通りに、ビクリ、と。
 瞼を開けば、手縫いのカーペット。明るい色の木の床や壁は、どこか暖かみを感じて。
 僕用だろう、置かれているのは少女趣味な、うさぎのスリッパ。
 この部屋にはぬいぐるみやら、少女趣味なものがひしめいていて、そうしてこの家にはほとんどそういうものしかないんだろう。
 僕が知っている、この家なら。

「あの――おはよう」

 躊躇の混じる挨拶が、耳に届く。
 きりきり、きりきり。
 胸が小さく痛み始めて。

「あぁ――おはよう」

 そうして、僕は。

「おはよう、アリス」

 クリエイターの、長い髪の、さびしがり屋の、彼女の名前を呟いた。

 知らない家なんかじゃなかった。
 何度も訪れた家だった。
 プロンテラを出てすぐの、小高い丘にある家で。
 最初に来たのは、そう、確か。
 確かあの日もジプシーと。当時は二人はお互い転生前だった。
 臨時のパーティを探すために来て、見つからず。
 寝床に困って、知り合いのローグの家に押しかけて。紹介されて。
 そうして前も、酒を飲んで、呑まれて、酔いつぶれ。
 そんな回想が、瞬きをした瞼の裏で明滅する。その明滅する記憶に、今は煩わしさすら、感じてしまう。
 そんな雑念を、頭を振って振り払い、顔を上げる。

 無意識に目を逸らしてしまわないように。
 祈りながら。

「ひさしぶり、だね」
「ああ――髪、切ったんだ」

 口火を切ったのは彼女の方。
 顔を上げれば、僅かに違和感。
 予想していた彼女の姿とは違う。
 それでも確かに、邪魔になったから。毛先を指に巻きつけるように触れて、そう答える。彼女の姿が、そこにはあった。
 胸の奥に、苦いものがこみ上げる。
 どうしようもなく熱いものと一緒に。
 せめて苦いものだけであったなら、僕はどれだけ楽だろうね――

 下らない、仮定だけれどね。

「これ、二日酔いの薬」

 手渡されることなく、机の上に置かれた薬。フラスコに入った、恐らくは、手作りの。
 机から、ベットまで。
 それが僕らの距離を示しているようで。
 わざわざ薬を作ってくれるあたり。
 彼女のお人好し具合が、まだぜんぜん変わってないのがわかってしまって。

 恨んでも――いいのに。

 怨んでくれれば――君も楽に、なれるのに。

 彼女のお人好し具合が。彼女自身を苦しめる。
 勿論それは、本当ではあるけれど、正解じゃない。
 彼女がお人好しでなかったら。
  彼女に怨まれていたならば――

 僕もまた、楽なのに。

 そんな。
 そんな、醜い僕の本音を隠した、解答だ。
 なんてお笑い。なんて身勝手。だったら、最初から傷つけるな、なんて正論で耳にタコでも移植されそう。
 会話はそうして繋がらない。
 無駄な思考と、躊躇とその他大勢で。
 ひねり出そうとした軽口は、割と空気を読めない感じだったから自重して、そしたら僕は語る言葉を落ち合わせてなんかいなかった。
 まさにclown。諦めて、とりあえず――頭痛をこらえて、薬を飲みに、立ち上がる。
 歩き出すとふらついて。
 彼女はほんの少し、不安そうな顔をみせた。
 それでも。

「じゃあ、あたし、ちょっと買い物してくるか――」

 そう言って、彼女は僕が机にたどり着く前に、背中を見せて。
 硬直した。
 動きを止めた。
 僕へと残す言葉すら、途中で途切れさせるくらい。

 僕の腕が、彼女の体を抱きしめたから。

――あぁ。

 それは、考えてしたことじゃなくて。
 ただ無意識に。
 ただ無様なほどに純粋に。
 純粋だからあんまりに惨い。
 僕の感情が、剥き出した結果。

「――なんで」

 背中を向けたままの彼女が、唇をかみ締めて。
 震えていた。
 僕の震えなんて、きっと、気づかないくらいに。
 なんで、って。僕自身が、問い質したい。
 抱きしめた背中越し。
 懐かしい彼女の匂いと、柔らかな体の感触に、僕は震えるほどに――安心、していた。
 涙で視界が揺れるほどに。

 もしも――

  この瞬間に。或いは、あの日に。

 物語の主人公のように、彼女を救う一言を、この口が言えたなら――

  僕はすべてを捨てたっていいのに。



 僕は、それでも。
 アリスを救う白の騎士にも、彼女の姉にも、なれはしない。

――どうしようもない、凡人だ。


「酷いよ」

 そうして、
 彼女の頬から伝った涙が、
 僕の手に、ぽたり、と零れて、弾けた。
 その一粒が、僕の腕から力を奪って、

 ぱん、と。

 振り向きざまの。
 痛くもない、よわい平手が。
 僕の頬を、叩いた。
 モンスターの一撃よりも、よっぽど強く、僕の心を、打ちのめす。

 気づけばもう、彼女はいなくて。
  膝の力が抜けて、閉じた扉に額を押し付けて。

「――最低だよ、僕」

 あまりに惨めに。
 泣く資格なんて、欠片もないのに。

  嗚咽がのどからあふれ出る。

 涙と一緒に。

  とめどなく。とめようがなく。











 本日は休日也。天気は曇天、雲ばかり。そのくせ本日の来客数は――清々しく澄み渡る程、0だった。
 ため息ひとつ零しても、文句を言う店員すらいない。
 ルーンミッドガッツ王国、首都プロンテラ。多くの商店が並び、恐らくはもっとも人口の多い街――その、図書館近く。静かで落ち着いた街の一角。
 お洒落だけど落ち着いた、そんな雰囲気を目指した店内。
 モノクロームで統一したクールな内装――或いはアングラ的な――を予定していたのに、幼馴染に似合わない、と笑われて方向転換。
 丹念にニスを塗った、大きな木の板をカウンターテーブルに。
 その深い茶色の色をベースに、小洒落た感じの小さなソファー。これを探すためにわざわざリヒタルゼンまで旅にでたのも、今となってはいい思い出、ってか。
 電灯も、減らす代わりに机の上にランプを置いて。
 キッチン周りには金をかけた。
 冷蔵庫も食品用のものを1個と、主にカクテル用途のジュース用のを別々に。
 後者、キッチンテーブルの下にあるから取り出すの面倒なんだけどな…。
 お金と時間はかかったにしても、それでもそこそこ、理想どおりに出来たと思う。
 そんな内装を利用して、夜はバー、昼間はカフェをやろう、だなんて思いつくのにそう時間はかからずに。
 やった。
 けど世の中は甘くなかった。
 理想どおりに作ったのに、その理想ってやつは予想外に労力を伴ってたりするのと同じで。
 夜のほうはともかくとして、昼間、しかも寂れた図書館近くとなると人が来ない。マジ来ない。
 静かな通り!といえば聞こえはいい。
 けど図書館以外になーんもないという事実はどうしようもなく、こんなとこ、俺だってデートコースには選ばない。
 ただでさえ、図書館は廃れているんだから。
 そんなこんなで、昼間の営業は最早ほとんど、一人の固定客のためだけに。
 ってかその固定客が野郎って時点で気が滅入ってくる。
 それでも大事なお客様。
 珈琲をドリンクバーと間違えてんじゃねぇ?って感じの教授様。懐はいつも暖かいようで妬ましい。
 その、教授様々が今日はいない。
 つまりは激しく暇だった。
 たった一人の相手をするのも嫌味も聞くのもうんざりするっつっても一人も来ないって言うのはどうよ。

 それでも、まぁ、いっつもこんな感じなのだった。

 こんな感じだから、わざわざ仕事着に着替えるでもなく、普段通り、追跡者の格好で。いやほら、これ割とあったかくて気に入ってんだよ。

「執事服でも着て礼儀作法でも身に付ければ、昼間のカフェも盛況だろうよ」
「ヤだよ、つかお前がやれよ」
「僕にそんな才能があるとでも?」

 ある日ある時の、教授殿とのささやかな話題。
 高慢で毒舌で鉄面皮な教授様。
 そのくせ一部女子からウケがいい教授様。
 冗談半分でウェイターに誘ったらばっさり断られたとき、女性客からも不満の声が上がったのはまだ記憶に新しい出来事で。
 地で女にモテるあいつは心底恨めしい。
 なんにしても、執事服だの礼儀作法だの、冗談じゃない。そんなのは、あの道化師にでもやらせておけばそれでいいんだ。
 あいつならそう、俺たちから見ればこそ滑稽ではあるものの、一応動きは洗練されてて。
 あいつを知らない客から見れば、しなやかだとか、優雅だとか。そういう風に見えるだろうから。
 きっと、老眼鏡をする頃になっても、接待業で食ってける。考えただけで笑えるが。

――あぁ、そう。動きが洗練されているといえば。

 道化の連れの、あのジプシーも相当だ。
 褐色の肌、異国の肌。けれどその礼儀作法はきちんとこの国流のもので。
 センスもいい、来ているものも良く見て見れば上質で。
 なんてことを一瞬思って、打ち消した。
 だってほら、こういう事って、深く考えてもろくなことにぶち当たらないと相場が決まってる。
 どうか高嶺の花じゃありませんように、切実に。そう思っておくに留めておく。
 俺、庶民どころかアウトロー。片思いにしても、貴族が相手じゃハードルがちょっと高すぎる。
 とにもかくにも、一人だったし、どうせ教授以外に来る客もなし。
 実は、道化と俺と教授殿、俺ら三人、それなりの格好して店員やれば、No.1ホストクラブにだって――なんて、鏡をみながら、髪を弄りつつ妄想してたんだ。
 カラン、と。
 扉に衝いたベルが乾いた音を立てて、教授以外の客が入ってきたときに、

「よーぃらっしゃいませ!?」

 よーなんて軽い返事と挨拶が混じるわ、裏返った声でバカみたいな声を上げちまうわ、と散々だったのは、だから、ホントに不意打ちすぎたから。
 やべぇどんなだよ――笑われる絶対笑われる!
 なんて、思って悶絶していたのに、そいつ――幼馴染のクリエイターは、笑うこともなく、静かにカウンター席に座る。
 弄ってた髪を、慌ててぐしゃぐしゃに――もとい、いつも通りに戻してた俺が馬鹿らしい。
 挨拶ぐらいしろよー、とか思いつつ、ふと視界に入ったのは扉の看板。

「…って一人も来ないとおもったらclosedになってっし!くるわけがねぇ!?いやあれ、でもなんでお前」
「ウィスキー」
「…いや、あの、昼間はカフェだから酒のオーダーは」
「ウォッカ」

 どっちだよ!とか内心で突っ込みつつ。
 それでもまぁ、なんか様子がおかしいし、棚から適当なウィスキーと、ロックグラスをカウンターに置いて。
 ハイボールでいいか?と、体を屈めて冷蔵庫を開け、ソーダを取り出したところで。

 んく。

 なんて。子供っぽく、喉のなる音がして、顔を上げる。
 そこには1000mlのウィスキーのボトルを両手で持って、ラッパ飲みする女の姿。
 うわぁ…。

 琥珀色のウィスキーがちゃぷん、と揺れて、んく、んく、なんて子供っぽい喉の音共に消えていく。

 死なないか、これ。

 なんて、俺が呆然としながら思ったくらいのタイミングで、どん!とテーブルに叩きつける。1Lの瓶を。豪快に。
 5分の一ほど、消えた中身はちゃぷん、と水音を鳴らして揺らめいた。
 幼馴染の知らない一面というか知りたくなかった一面。
 そうして、ぐったり、アリスは机の上に伸びて、口を開いた。

「ねぇ。男ってみんなああなの?」
「どんなだよ…っていうか、あぁ、じゃ、あいつに会ったのか?」

 昨日ここで浴びるほど飲んで酔いつぶれたあのバカと。
 とりあえず――彼女の声がまっとうに聞こえて、ついでにあのバカが一先ず、生きてることを確認できて、ひとまず安堵&戦慄。ざるだ、こいつざるだ!
 そういえば、昨日のあのジプシーも、顔は赤いくせにぜんっぜん酔ってなかったな…。
 思う間に、彼女は再び、んく、とウィスキーのボトルを煽って、

「一番傍にいて欲しいときに逃げ出してさ…せっかく、せっかく立ち直ったのに」

 なんでそんなときに。
 そんなときに、限って。
 呟いて、彼女は静かに嗚咽した。

「――本当、だよな」

 ため息と共に、立ち上がる。呆れやらなにやら混じった感情が、ふいに体にのしかかるのを感じながら。
 今日は一日、臨時休業にしよう。
 背中を棚のひとつに預けながら、そう決める。
 とてもじゃないが、仕事の出来る気分じゃないし。
 二人の経緯は、しっている。
 というか、二人を合わせたのは俺なのだし。
 あいつがこいつの前から、この村から出て行く時に、あのジプシーを除くなら――最後に話したのも、俺だから。
 なんで二人が別れたかも。
 あいつがどうして、傍にいるという選択肢を、取らなかったかも。
 そうして、だから、俺はあいつが嫌いだし、嫌いだけど、あいつをそれ以上責められなかった。

「それでも、物語みたいにできないんだよ」
「…なんで?」

 ぐす、と。鼻を啜る音と一緒に聞こえた返事に、思わず乾いた、笑いが漏れた。
 ポケットから、煙草を取り出し、口にくわえる。
 ジッポライターの蓋を開けると、キン、と馴染みの涼しい音。
 煙草は口で咥えて、手を翳しながら火をつける。風なんて無いが、癖で。
 灯油の匂いが鼻先をくすぐって、ゆら、と紫煙が立ち上る。

「相手の心が分かんないからだろ。
 いや、つかほら。まぁ、ある程度は分かるけどよ?作り物じゃ、ないんだからさ。
 相手が一番欲しい言葉を、一番欲しい行動を、一番そいつのためになる事を――考えて、考えて、考えるけれど」

 それでも、劇的になんか救えない。
 それでも、考えた結果が正しいとは限らない。
 そいつのためになる事が。
 そいつ自身が喜ぶことか、そいつ自身が望むことか――それはまた。別な話なのと、おんなじで。

 紫煙を深く吸い込んで、天井に向けて吐き出した。
 白く濁ったその煙。
 紫煙と混ざって消えていく。

「なぁ、王子様を待つのもいいし、止めねぇけど。そりゃもしかしたら世界に一人くらいはいるかもしんねぇし?」

 それは女の子の特権で。
 人の一生は、そいつ自身の自由なんだから。
 でも。

「それでも、お前を想って足掻いてるんだよ、あいつは。そんだけ、覚えといてやってくれ」

 彼女は机に突っ伏して、表情を誰からも隠したままで、
 そうしてきっと、隠した表情で、唇をかんで。
 そんなの、分かってる、なんて呟いた後に。

「バカ」

 と、小さく。
 きっと、俺じゃない。
 あのバカに。










「あー、やっぱ慰めてあげればよかったかな」

 呟いて。ほんのちょっぴり後悔してみる。
 答えてくれたのは森のほう。風で揺れる木々のざわめきと、静かに流れる小さな滝の音。
 遠くて、ガサ、と。枝に積もった雪が落ちる音も聞こえた。
 プロンテラ近くの森の中。昨日の雪が、白く綺麗なまま降り積もり、やわらかに木々を覆い隠して。

「ねぇ、それ、寒くないの?」
「心頭滅却の修行なんだ、常識的に考えて寒いに決まっているだろう」

 だよねぇ、なんて呟いてみる。
 無断で拝借した道化のベストを着て、それだけじゃ寒いからミンクのコートも着てそれでもやっぱり寒いのに。
 目の前のチャンピオンは、水に濡れて透ける程薄い胴着一枚で、氷点下の中座禅を組んで。小さな滝に打たれるマゾプレイ――もとい修行中。
 飾り気のない、彼女の髪をよく見れば、肩の辺りの毛先が凍りついてる。耳もすんごい真っ赤だし。
 昨日の彼も帰り道、呑みすぎで死にそうだったけど、彼女も彼女で死にそうね。もしも死んだら、これ、自殺扱いになるかしら。

「三月ウサギじゃあるまいし」
「三月ウサギ?」

 零れた呟きに、彼女はようやく片目を開ける。それでも片目は閉じたまま。
 それにしても、見ているこっちが寒くなる。
 腰掛けた切り株に、片足を乗せて抱く。
 口から零れた白い霧が、膝に当たって。
 ほんの少しだけ暖かかった。
 三月ウサギ、割と分からないものなのかな。あぁ、それとも帽子屋のほうが彼女には似合ってるかしら。
 なんて考えて、ふと気づく。
 これは本当に、道化の口調が写ってきたかも。

「あぁでも、発情期といえば発情期なのね」

 三月ウサギと同様に。

「お前はわたしに喧嘩を売りに来たのか?」
「…だって。教授と付き合ってるんでしょう?」

 ぶへぁっ、とおよそ上品とはかけ離れた…なんだろう。くしゃみとなにかが混ざった感じの。
 あぁ、そう。吃驚して呑んでるものを噴出す感じの、アレ。
 でもなんとなく、この反応には覚えがあったりなかったりするあたり、もしかして。

「…まだ進展ないの?」
「いいんだ、わたし達は互いに目指しているものがある」
「えー」

 再び目を瞑り、瞑想を始める彼女に不満を訴える。
 滝だってほら、彼女に冷たい水を浴びせかけて非難してる。勿論そんなわけはないけど。
 だって、彼女はもう……何年だっけ。すんごい長い片想いをしていて。どうしてさくっと告って付き合うなり、結婚するなりしないのか、理解できない。
 いっそ寝込みを襲うとか、既成事実を作るとか、いくらでも方法はありそうなものなのに。

「お前みたいに気に入れば誰とでも寝るような女じゃないんだ」
「あら。だって気に入ったならいいじゃない?」
「お前は本当に聖職者とは無縁だな…」

 呆れた様に笑う彼女に、私は思わず笑顔になる。理由はわからないけれど。
 こんな風に。
 彼女と私の性格は、わりと相容れない部分がたくさんあって、それでもなんでか、友達で。

「で、そういうお前はどうなんだ、確か今までで一番長い付き合いだろう?」
「あー、うん、まぁねー。実際かなり気に入ってはいるんだけれど」

 思い返す。
 水を持って、部屋に戻るその途中。
 扉の向こうに、嗚咽が聞こえた。

「慰めてあげようか、悩んだんだけどねー。あの泣き顔、実は割と好きだし。子犬みたいで」

 彼が見せる、揺れて、すがるような瞳はすごくそそる。普段が普段だから、余計。
 でも。

「うん?なんだ、慰めなかったのか?」
「らしくないでしょ」
「らしくないな」

 お前は縋られるのが大好きだ――なんて言っていただろう、と。
 チャンプは言って、今度は両目をしっかり開いて、訝し顔。
 まっすぐに。真摯な瞳。
 本音を言えば、少しだけ、うらやましく思うことがある瞳。
 その瞳が、廊下の曲がり角――隠れて見つめる瞳と、重なった。

「ホムンクルスがねー、心配そーに見てたのよ」
「だから譲ったのか?」

 らしくなく、ね。
 零した笑みが、何故だか自嘲のようになってしまって。

「失敗だったかなー」
「いいや、正しい」

 おどけて続けた言葉。けれど彼女は、そう言って。
 真面目に、真剣に、そう言って。
 ゆっくり目を閉じ、微笑んだ。
 こんな笑顔をみせてやれば、どんな男だって一発でオトせるような、綺麗な笑顔を。
 本当に。
 冒険者なんて、生傷たえない職に就かせるのがもったいない。

「慰めはいるか?」

 そんな王様の、ありがたき労わりの言葉。
 割と真面目に、彼のことは好きだったから。
 そんな優しい言葉で不意に、涙があふれそうになる。
 誰かの前で泣かないために、慰めなんかとは程遠い、彼女のところにきたって言うのに。

 でも。

 あぁ。

 遊びの恋で、ここまで辛くなったことはなかったから。
 そうして――私は。
 自分で信じられないくらい。
 私は彼を、好きだったんだ、と気がついた。

「いらないわ。本命に振られたわけじゃないし」
「お前も。まだ引きずっているわけか」

 チャンプの言葉は、聞こえなかった振りをして。
 涙が零れないように。
 見上げる。空を。
 灰色に覆われていたはずの空は、僅か。
 ほんの少しだけれど、日差しが見え始めて。

 次の男でも、捜すかなー。

 後でチェイサーにでも、いい男がいないか聞きに行こう。
 本命の彼とは一応、結ばれているし。随分長いこと、会っていないけれど。会えないけれど。
 所詮人の心なんて、すぐに移り変わるもの。

 そう、思ってたんだけどなぁ――

 実際、彼との関係は、甘ったるいそれなんかじゃなくて。
 傷を舐め合うだけのような。
 楽しかったか聞かれたら、困ってしまう。
 それでもどうしようもなく、人のぬくもりが愛しくて。
 彼が私に叫んだ言葉が、嬉しすぎて。
 幸せだったか聞かれたら、思わず笑って、きっぱり否定するだろう。

 そんな、醜く、歪で、かけがえのない――辛い関係。

 別に今までどおり会えるだろうけど。
 それでもやっぱり、彼と私の関係は、付き合いは、変わっていくだろうから。

 だから、これは、失恋なんだろう。
 本気じゃなばかったつもりの恋の、静かな終わりなんだろう。

「ね、王様?わたくしめとひとつ賭けなどいかが?」
「ギャンブルは好かんと知っているだろう」

 つれない事言ってないで。
 むす、っとして、へそを曲げる女王様を宥めながら。
 視線を空から、彼女へ戻して。

「別に勝っても負けても何もなし。果たして列車に乗ったアリスはどちらで、きちんと女王になれるのか、それを当てるだけのただのゲームよ」
「――あぁ、鏡の」
「そう、鏡の」

 そういう事なら、受けてたとう。
 笑って言って、王様は決めてしまう。
 彼と彼女の事情の説明を、今からしようとしてるのに。

 迷うことなく、ハッピーエンドへ。
















 嗚咽が、聞こえた。
 悲しんでいて。
 辛そうで。
 苦しくて。
 扉の向こうから、とめどなく。
 聞こえ続ける、嗚咽が。
 ジプシーの人から受け取った、わたしには重い水差しを抱えたまま、途方にくれる。
 どうして。
 どうして、そんなに、泣いているの――?
 ママは、きっと、貴方が好きで。
 貴方も、きっと、ママが好きなのに。

「どうして――?」

 零れてしまった言葉。零すつもりなんてなかったのに。
 扉の向こうで嗚咽が止まる。どうしよう。
 体が硬直してしまう、心も。

「君も――」

 扉がゆっくりと開いて、そうして、真っ赤な瞳の彼が、笑う。
 凄く、凄く。
 あんまりにも、悲しい笑顔。
 胸の置くが、きゅっ、てして、涙がこぼれそうになる。

「君も、人の言葉が分かるんだね」

 でも、だめ。
 だって、彼が、泣いていないから。
 だから、駄目。彼が一番、泣きたいんだから。

「水を――」

 もってきて、くれたんだね。
 そう言って、また、彼が笑うから。

「どうして――?」

 水差しを渡しながら、繰り返す。
 それしかできないから。

「どうして、泣いちゃうの?ママも、貴方も、悪いことなんて、してないのに」

 どうして、と。
 聞くと、彼は、小さく微笑んで、優しく撫でてくれた。ママみたいに。

「悪いことを、したんだよ」
「どうして?」
「大好きだったから、かな。大好きだったから――すれ違っちゃったんだ」

 彼の言うことは、よく、わからなくて。
 それに、彼も気づいたのか。
 水差しを、机に置いて。ベットに座って、手招きをする。
 部屋の中に入って、どこに座ろうか、悩んで。
 いつもママの膝の上に載るように、彼の膝の上に乗った。
 いつも座るママの膝より、硬かった。

「昔――」

 ぽつり。

「昔、僕らは恋人同士だったんだ」

 ぽつりと。

「きっかけは、ピアノでさ。はは、そう、あの追跡者が、夢見る少女が住んでるぜ、なんて言うから」

 だから、僕は彼女を、アリスと呼んだんだったっけ。
 それは、まるで、彼が涙の代わりに零すような、静かな言の葉。

「アリスがお部屋でピアノを弾いて」

 掠れた声が、彼の唇から、小さく、小さく。
 懐かしむような…儚むような。
 そんな感情を抱いて、落ちてくる。

「楽しそうに…楽しそうに」

 そうして、彼は、一つ笑って。

「僕らは普通の恋人で、相手のことをまだ知らないことがたくさんあって。
 それを少しずつ、少しずつ知っていきながら、一緒に遊んで、一緒に笑って。
 そう、特別なんて何もなかったんだ。アリスの恋なのに。不思議も特別もない恋だった」

 見上げると、彼の顔が、とても、とても、近くて。
 彼の瞳が、なんにも、映していないんだって、わかってしまって。

「だから、相手に言っていないこともあって。
 それが嫌で。けれどそれを言えなくて」

 それでも、それでも、知りたかった。
 悲しいのは、嫌だから。
 悲しい話がなくなればいいな、って。
 そう、思うから。

「喧嘩をしたんだ、たくさん、たくさん。その時、君の前のホムンクルス――しってる?」

 突然、聴かれて。
 びっくりしながら、首を振る。
 彼は優しく、微笑んで。

「君が進化したら、同じ姿だよ。君と同じに、人の言葉を喋れた子――違うね、彼女が人の言葉を、丹念に丹念に教えた子で」

 彼女は、やっぱり、そのホムンクルスを、子供みたいに扱ってたんだ。
 そう言って、彼の手がわたしの頭を撫でる。
 少しだけ、くすぐったくて、すごく、すごく、暖かな。
 優しい手。

「わたしの、お姉ちゃん?お兄ちゃん?」
「――あぁ、そうだね。君の、お姉ちゃん」

 彼は、ほんの少しだけ、躊躇するみたいに返事を遅らせて。
 浮かべる、儚い、ぼろぼろの笑顔。見ていて、涙がこぼれそうになる笑顔。

「酷い喧嘩をしたその時にね、その子は、お腹をすかせていて」

 その姿が、あんまり、可哀想だったから――その子を、僕が、逃がしたんだ。

「――逃がし、た?」
「そう。その子は、僕にもなついていてくれたからね。街の外に連れて行って」
「どうして?そんな」
「すごく、すごく傷つけたから。アリスは結局、三日も部屋に閉じこもって、その子の世話を放棄していたし」
「そうじゃ、ないの、そうじゃ」
「たかが人工生命なんだから――逃がせば、世話から開放されてさ、アリスも、楽になるだろうって思ってね」

 たかがホムンクルス。
 彼の、言葉が、胸に、刺さって。
 ぽろぽろ、ぽろぽろ、涙が零れた。
 当然に、ふわ、と。
 マスターの、安息命令。体が、薄れて。
 眠りに落ちていく意識の中で。

 酷く、慌てた、彼の顔が。
 泣きそうな、顔が――最後に、見えた。
 





















 まず感じたのは、寒さと、吐き気。
 それから、揺れと、冷たい風と。
 冬の気配。
 それも、夜の。
 冷たく張り詰めた、空気の感覚。
 澄みきって、冷えた夜の匂い。
 そうして、熱を感じた。
 ぬくもりというには熱くて。
 けれど、今の季節には、暖かい。

「ま、ったく。肉体労働は、チェイサーの方が、適任、だろ」

 胡乱な意識。
 ぼんやりと開いた瞼。彼の顔が近くて。
 汗がつう、と頬を伝うのを、目で追った。
 夜の帳はとうに降りて、黒く染まった森たちの上、月と星とが瞬いていた。
 どうしたんだっけ。確か、お酒を飲んで、あの子にご飯をあげるのを忘れてて、慌てて安息をしたのだけは覚えてる。
 おぶわれてるんだ、と。気づいたのはさらに後。
 ふ、ふ、と。息を荒げながら。
 時折、休憩を挟みつつ。

「可愛いアリス、っていうか、もう、なんか、ただの眠りねずみ、だよね」

 なんて、彼が言って。ずり落ちてきた体を抱えなおす、その時に。
 おっも、なんて呟くから…頭にきて。
 ぐ、と体重をかけてみる。
 う、あっ。なんて声を漏らして、傾ぐ体。
 勿論、背負われてるあたし毎。

「や、ちょっ、バカ!」

 言った直後に、顔に地面の熱烈な歓迎を受けた。
 石畳のプロンテラを出た後で、ほんとによかった。
 濃密な土な匂いに辟易しながら、体を起こす。

「起きてたんなら言おうよ、アリス」

 つぶれた馬が、鼻を押さえて、愚痴を言う。
 冷たい夜風で、指先が凍えて。
 彼の背中に触れる。
 肉付きの薄い背中。こんなに寒いのに、シャツ一枚で上着もない。
 それでも――熱い。
 今更気づいたのは。彼のコートが、あたしの肩に掛けられていた事。
 どくどくと高鳴る、彼の心音と一緒に、気がついた。
 そうして、そういえば、彼のベストはジプシーが着ていたことも。
 彼は不貞腐れたように、地面に片肘を立てて、頬杖をつく。視線はまだ先の、あたしの家に向けて。

 風が、吹いて。

 ざわざわと木々が音を立てて、冷たい夜風は服の内側にするり、入り込んで、体を冷やす。
 ぶる、と彼の体が震えて、

「アリス、ネズミもドードーも濡れれば体を乾かすんだ、彼らも寒空の中ならあったかい暖炉の前に座ると、僕は思うんだけれどね」

 なんて、遠まわしな非難。
 変わらない。変わらなさ過ぎて…変わらなさ、すぎて。

「ねぇ」

 あたしは彼の名前を呼んで。
 彼の薄い背中に、頬を当てる。
 両腕で――薄い胸を、抱きしめるように。
 拘束する。
 寄せた頬、温かくて。
 彼が、慌てたように振り返ろうとするけれど、許さない。
 早まる心臓の音を聞きながら。

「知ってたから。――気づいてたから」

 ああ、きっと。
 彼はきっと。傷ついたような、表情をしてるんだろうな。
 シャツ越しに彼の温もりを感じながら。
 本当に、どこまでも馬鹿な。
 どこまでも、滑稽な。

「あの子は、貴方が逃がしたんじゃない。あの子は、」

 あの子は。
 あたしが三日もご飯をあげなかった所為で。

「死んだの」

 心音が。
 静かに、静かになっていく。
 吐き出した息は、白く、白く。
 霧になって、触れている彼の体は、だんだん、温もりが消えていって。

「ホムンクルスが、死んだ?」
「そう」
「人でもないのに?」
「人に似せたものだから」
「たった三日で?」
「そう、たった三日で」

 人間だって――水も食料もとらなければ、三日で死ぬことがあるように。
 人に似せた、ホムンクルスだって。

「分かってたの。あの日から、感覚で」

 逃げていった、とかじゃなくて。
 死んだんだって。
 いつだって繋がっていたから、あんまりにもはっきりと。
 ゆるゆると、彼は顔を手で覆い隠す。
 どんな感情で?わからない。
 ただ、あたしも――視界が、ぼやけて。
 それでも、今は泣きたくなくて。
 彼のシャツに顔を押し付けて、声と涙を押しつぶす。

「それでも――信じられなかったの。信じたくなかったの」

 彼は、何にも喋らない。
 それが、嬉しいのか、悲しいのか。
 大人になればわかるとおもっていた感情は、結局、大人になっても分からないまま。

「言ったっけ。あたし、子供が産めないって。産まれた時から、そうだったんだって。どうにもならないんだって」

 だから――。

「ほんとはね、ダンサーになりたかった。踊るのが好きだし、歌うのも、演奏するのだって好きだし、才能あるねって、言われたこともあったし」

 貴方も上手いっていってくれたよね。

 体は凍えて。耳は、冷えて、痛くて。
 幸せなんかとは程遠い――今。
 ぎゅ、っと。
 瞼を閉じる。
 そうして、彼の匂いに抱かれれば。
 幸せだったあの頃が、瞼の裏に、溢れ出す。

 ピアノを二人で演奏して。
 あの頃はダンサーだったジプシーと、あの子と、三人で、踊って。
 ピアノしか弾けなかったけれど。
 色々ひいてみたい楽器はあった。それを教えてくれたのは、貴方で。
 あの子も、一緒に楽器を弾こうとして、貴方はあの子用の楽器を作ってくれて。
 結局、あの子はあんまり上手に引くことが出来なかったけれど。
 それでも、楽しくて、楽しくて。笑顔で溢れてて。
 皆を誘って、ピクニックして。
 暖かな春の日だったっけ。ポタ屋を利用して、遠出のピクニック。
 天津でお花見。
 酔ったローグが、でたらめに楽器を弾いて。
 貴方がそれを呆れ顔で見て――それともあれは諦め顔?
 ダンサーが、そのでたらめなメロディに合わせて器用に踊る。笑いながら。
 普段は仏頂面のセージも、桜の木に背中を預けて、珍しく、微笑みながらお酒を飲んで。
 そんなセージを、モンクはずっと目で追ってて。誰がどう見ても、恋する乙女。
 そうして、あたしは。
 みんなの姿を、ちょっと離れて眺めてた。

 あの子と並んで。
 笑顔で。
 幸せで。

 そんな、幸せな幻想を。
 冷たい風が、吹き飛ばす。
 いつだって傍にいたあの子のいない。
 瞼を開けた、現実に。

「――でも、踊ることより、歌うことより、それより前に。子供を作るっていうのが、あたしの夢だったから」

 そうして、二つを掛け持ちできるほどの才能ではなくて。
 二つを掛け持ちしてやっていけるほど、甘い世界なんかじゃなくて。

「だから――だから」

 どうしても、認められなかったの。

 我が子を殺した、なんていう事が――どうしても、許せなくて。

 自分自身を殺したい程に――許せなくて。

 貴方の嘘に、甘えたの。

 そうして、あたしは、彼の背中に両手を当てて。
 冷えた手に、彼の温もりを刻み付けて――

 体を、両手を、離して、立った。

「それが、あたしがあの日に言いたかった事」

 酔いはまだ――抜けてなかった。
 立っているのが辛くて。
 でも、彼に見られるのが嫌で。

 背中を向けて、地面に座る。膝を抱えて。夜空を見上げて。
 そうして、背中の向こうから、立ち上がる気配がして。
 土を踏む音。
 あたしの心は――やっぱり、あたしには分からない感情のまま。

「知ってたよ。アリスが、子供を産めない事」

 そうして、背中に、温もりを感じた。
 コート越しに。
 もたれるわけじゃなくて。
 触れるだけの、彼の背中。

「知ってたんだ、君が子供を産めない事も。君がどれだけあの子を大事に想っているかも」

 あたしの喉から、何か言葉があふれ出ようとして。
 けれど、そっか、としか。
 零れなかった。

「僕も――あの子をさ、自分の子供みたいに想ってたんだ。子供、好きだし」

 それは勿論分かってて。

「それなのに――それなのに僕は、」

 はは、と。
 道化の、乾いた声が、夜空に解けて。

「君もあの子も、救えなかった。
 王子様でも、主人公でもないんだよ。
 ご都合主義じゃないんだよ。
 王子様に、主人公にも、なれないよ。
 けど、それが、それが、僕という、人間なんだよ。
 トランプ兵が襲ってきたって、夢は醒めなくて。
 それが僕らが生きてるこんな世界で。
 それでも君を愛してて、」

――そんな僕なのに、それでも君に愛されたいよ。

 後頭部。
 夜空を見上げる二人の頭が、小さく、ぶつかって。

「これが――僕の、あの日言いたくて、言う勇気さえなかった言葉」

 星屑たちは、静かに夜空に浮かんでいて。
 けれど、ただ、それだけで。
 冷えた手を、あたしたちは、重ね合わせることさえしないで。

 ただ――

 地面についた、冷えた指先の。

 小指と小指が、小さく、重なる、それだけで。







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2010.03.06 Sat. 01:17 -edit- Trackback 0 / Comment 0

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